さようならのパレード

 

さようならはいやだよ 慣れることなんかない 

だけど、、、

 

 

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「以上がライブの構想になります。」

松田は一息に説明を終える。

サングラスの向こう側、早坂の表情はわからない。不機嫌なようにも、物思いにふけっているようにも見える。

「ですので、彼女たちの花道を彩る新曲制作陣として、ぜひ早坂さんにも参加頂きたいと思っています。」

無言で一点を見つめていた早坂が、ゆっくりと口を開く。

「そうか、、I-1アリーナで解散ライブか。あのおイモちゃんがね。」

「はい、GREEN LEAVES一丸となって、彼女たちの門出に、最高の音楽と舞台を用意したいと思っています。」

「なるほどね、テラ本気ってわけだ。」

早坂は不敵に笑う。

「で、君は?」

「はい?」

「君は彼女たちに何も贈らないの?」

「え、俺がですか?」

「君は、この状況に何もインスピレーションされないのかい?」

「いや、でも俺は」

たじろぐ松田に、早坂は一方的に話し始める。

 

「確かに、この物語の主人公は彼女たちだ。おイモちゃんたちは自分たちの力で道を切り開き、ここまで歩んできたのかもしれない。でもね、たとえ今は大人気のアイドルグループだったとしても、最初に誰かが創ろうとしなければこの世に存在しないんだ。それに、」

 

相変わらず早坂の表情はわからない。だが、どこかいつもより優しい口調で続けた。

「どんな一流レストランの料理人でも、親御さんの作った肉じゃがの味は再現できないものなんだよ。」

「、、、」

 

「ま、新曲の件は考えとくよ。」

「あ、ありがとうございます!詳細など改めてご連絡いたします。」

頭を下げ、早坂宅を後にする。

 

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各関係者への打合せメールを送り終えると、PCから目を離し、椅子にもたれる。もうすぐ仙台だ。早坂から言われた言葉を反芻している。

車窓からは、すっかり日が沈んだ仙台の街並みが見える。

 

『松田さーん、おなかすいた~!』

振り返ると、ツアー千秋楽東京公演を終えた7人がいる。

『みにゃみ、もうすぐ着くから我慢しなさい』

『チョコあるよ、食べる?』

『わーい、ありがとう!』

『かやた~ん、私にも私にも!』

 

「間もなく仙台、仙台」

 

『今日のライブも楽しかったね、まゆしぃ』

『ワグナーさんも、すっごく楽しそうだったよね』

『飛び跳ね過ぎて足がクタクタです~』

『ほらもう着いたから、忘れ物ないか確認して』

 

PCを鞄にしまい、座席に忘れ物がないか確かめ、降車口に向かう。

 

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改札を出てエスカレーターを下る。今日は事務所まで歩こうか。中央口から外に出る。仙台駅は、今日も多くの人が行き交う。

 

ペデストリアンデッキには、新しくオープンする居酒屋のビラを配る人たちがいた。

「よろしくお願いしまーす」

 

『Wake Up, Girls!です、よろしくお願いします!』

『MACANAでデビューライブ開催します!』

全然受け取ってもらえず、溜息を付く二人。

 

差し出されたビラを受け取る。

 

『え、貰ってくれるの!?それじゃあこれ、全部持ってってください!』

『ちょっとななみ!すみません、すみません。』

『ななみん、ズルはダメだよー』

 

ビラを丁寧に畳んでポケットにしまい、階段を下りる。

 

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ふと足をとめる。

夜の勾当台公園は閑散としていた。

野外ステージの前、誰もいない椅子に腰かける。仙台の夜はまだ寒く、吐く息は白い。

 

『さむ~い』

『見て見て、息がこんなに白いよ、はー』

『菜々美寒いの?緊張?大丈夫?』

『だび、じょぶ』

『私も緊張してきた~人の字人の字』

 

『七瀬さん』

『リーダー号令!』

『え、えっと。考えてなかった、、』

『がんばっぺ、でいいんじゃない?』

 

(そうだよな、始めはこんな小さいステージだったんだよな。お客さん全然いないし、丹下社長はいなくなるしで、ホントあの頃は必死だったよ)

 

見上げると、暗い夜の空に星が輝いていた。

金なしコネなし意気地なし。丹下社長に振り回されるだけの入社当時の自分を思い出す。今は事務所も人が増え、気付けば部下を持つようにもなった。競争の激しい業界の中で頑張り続ける彼女たちを間近で見て、自分も少しずつ成長できたのかな。

(これまで沢山の景色を見せてくれたあいつらのために、俺は何ができるのかな)

彼女たちが彼女たちでいられる最後の時を、ずっと先の何億光年も7人を照らしてくれる想いを、これまでの感謝を、届けたい。

 

「『がんばっぺ!』」

 

立ち上がり、スマホを取り出す。

「もしもし、俺だけど。久しぶり。急に悪いんだけどさ、折り入って頼みたいことがあるんだ。」

 

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事務所には久しぶりにメンバー全員、丹下、松田が顔を揃える。

「みんな、集まったな。それでは、これから、Wake Up, Girls!ファイナルライブに向けた新曲が各制作メンバーから届いたので、みんなで聴こう!」

「ワクワク!」

「1曲目のタイトルは海 そしてシャッター通り。この曲はBeyond the Bottomを書いてくれたサファイア麗子さん作曲と、なんと丹下社長が直々に作詞してくださったぞ。」

「すごーい!」

「あなたたちよりほんの数十年、早くにアイドルを卒業した先輩として、アイドルじゃなくなった未来でもずっと見守り続けていてくれる、そんな故郷のような曲を贈りたくてね。」

「とても優しいメロディーですね」

「2曲目は言葉の結晶、こちらはデビュー曲からずっとお世話になっているTwinkleさんから頂きました。メッセージによると『この曲を最高にWUGらしい曲にしてみなさい』だってさ」

「うわー難しそう」

「最後の課題、ってわけね。」

「3曲目は土曜日のフライト。この曲は早坂さんが手がけてくださいました。」

「なんか、意外」

「単調というか、淡々としてるね」

「早坂さんからのメッセージは、と。『このフライトに、誰一人、取り残してはいけないよ』だってさ」

「相変わらず意味不明」

 

「あー、それで、実はなんだけど。もう1曲。俺の方からもお前らに用意してきたんだ。」

「えー!」

「サプライズですぅ!」

「やるじゃない」

「タイトルはさようならのパレードっていうんだ。」

「松田さん、私、この曲好きです。」

「ありがとう。といっても、曲の方は昔の仲間に結構助けてもらったんだけどね」

「こんなスキルがあったなら、もっと早く言いなさいよね」

「この『私の歌は あかぬけなくて重たい』って、もしかして私のパートですか?」

「喧嘩してた時間も、今となっては懐かしいね」

「WUGが結成してからこれまで、みんながアイドルとして成長していく姿に一番励まされ力を貰ってたのは、実は俺なのかもなって思って。だから、ずっと一番近くでWUGを見ていた俺にしか書けない言葉を届けたくて。」

「うー泣けてきますぅ」

「俺は裏方だから、みんなと一緒に最後のステージに立つことはできないけど、だから代わりにこの曲でみんなの背中を押してやるから」

「松田さん、ありがとうございます!」

「それじゃあ新曲も出来たし、早速レッスンに行きましょう!」

「せっかく7人揃ってるから、通しでフォーメーションの確認しましょう」

「やるぞー!」

扉を開け、事務所を出ていく7人。

松田はまだ、扉の方を見つめている。

「新曲が4曲もあるってのに、あいつら、ホント逞しくなりましたね」

「そうね」

「では社長、俺は広報関係の方と打ち合わせに行ってきます。17時には事務所に戻ると思いますのでよろしくお願いします」

書類とPCを鞄にしまい、コートを着ようとする松田を丹下がじっと見ている。

「どうしました?」

「なんでもないわ。先方によろしく伝えといてちょうだい」

「はい、ではいってまいります!」

扉を開け、出ていった背中に、丹下は小さく呟く。

「あんたも随分、逞しくなってるわよ。」

 

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満員のI-1アリーナは、ライブ開始前から既に熱気を帯びている。

「ついに来たわね、、I-1アリーナ!!」

「本当、ここまで色々ありましたね。」

背後から足音が響く。

「本当におイモちゃんには色々苦労させられたよ」

「早坂さん!」

「やあ」

「来てくれたんですか?」

「たまたま通りがかっただけだよ」

丹下の耳元でこっそり囁く。

「早坂さんって絶対WUGのこと好きですよね」

「当たり前でしょ、嫌いなわけないわよ」

 

「がんばったな」

「なにか言いましたか?」

「なんにも、ほら、もう始まるよ。」

 

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ライブはいよいよ終盤にさしかかる。一面真っ白な光に包まれた彼女たちは、神々しい。

「早坂さんは、最初からこうなることがわかって、彼女たちに関わってくれたんですか?」

何が面白いのか少しニヤリとしながら早坂は答える。

「買い被り過ぎだよ」

「ですよね」

 

クライマックスを飾る4曲の新曲が順番に披露される。

「早坂さん、この前はありがとうございました。」

「なんのことだい?」

「いや、彼女たちに曲を贈ることを後押ししてもらえて」

「僕はただ、石を投じただけだよ」

順にスポットライトに照らされ、盛大な拍手が7人に贈られる。

「良い曲だね」

「ただ思ったことを書いただけです」

 

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さようならはいやだよ 慣れることなんかない だけど、、、

 

極上の笑顔で また会いたいんだ