高校生の時、部活の同期の何人かとはじめてカラオケに行った日のことを、今でもよく覚えている。その先の人生で、高校・大学の部活の同期と天文学的数回カラオケに行った事実から、それが自分にとってどんな体験だったのか推し量ることは難くない。その日、僕は、僕たちは、カラオケ屋を出た後、その日を終わらせることを受け入れられず、目的もなく高校の最寄り駅まで電車移動し、駅近のマクドナルドで全く意味もない時間をただただ過ごした。最高だったカラオケの余韻は盆地の夜の外気のようにすっかり冷めきって、誰もが心の中で「あのまま帰ってればよかったなあ」なんて思いながら解散した。
高校生の日々は、そんなことの連続だった気がする。自立と庇護の狭間で、一人の人間が手にすることができる本当の自由の輝きに目が奪われ、目がくらみ、追いかけ、見失い、そんな日々。
2025年8月、高校の学年規模での同窓会が成人式ぶりに開催された。私はそこに行けなかったわけで、その背景にあるものを一切書く気はないのだが、しかし、公式に参加できない時こそ非公式に萌えるのが悲しき同人畑の性でして、そんなこんなで2025年下半期は久しく更新されていないLINEのトーク履歴を開き、考えて書いて躓いて、消したり元通りにしたりで、いたずらにスマートフォンの充電を減らしながら、隙を狙って高校の同級生個人個人に連絡を取り、これが俺の同窓会や!を試みた半年だったわけである。
友人Fは高校2年の時のクラスメイトだった。2年の時のクラス替えで、びっくりするくらい1年の時親しくしていた顔ぶれが揃ったクラスだった僕は、初日から心地の良いその輪の中にいたわけだが、Fはそのうちの友人の一人と同じ部活動に所属していた。学生時代の部活動の選択は、往々にして人間性の代名詞となり構内のヒエラルキーの所属を定めるため、必然Fもまるで最初からその中にいたかのように、ごく自然とその輪の一員となった。
今でもその日、赤外線通信でメアド交換をした後、最初に彼から送られたメールのことをよく覚えている。鮮明に覚えている。
私が卒業した中学校は、控えめに言ってもスラムのような中学で、暴力・窃盗・器物破損・ボヤ騒ぎが横行する愉快な環境だったので、高校入学時、まるで生まれたままの姿でいるような周囲の同級生の雰囲気との格差に頭がおかしくなりそうだったのだが、入学して一年経ち、そんな空気にもすっかり擬態できると驕っていた自信を粉々に打ち砕くような、あまりに無垢であまりに眩しい文面だった。
晩産の一人っ子として親戚一同から可愛がれ大切に育てられたであろうFと過ごした時間の思い出は、この私が、全ての瞬間において主役をFに据え置いておかなくてはという使命感に駆られるほどに彼中心の時間だった。おおよそ私だったら行かないような場所に行き、しないようなことをして、言動の全てを彼用に取り繕っていたように思う。それは、さながら下心をもって異性に接する時のそれそのものだったが、異性に対するそれと異なり、そのプレイにはストレスがなく、私にとっては程よいデトックスになっていた。
そんなFと久方ぶりに会った。恐らく大学院合格祝いに沖縄に行って以来か。いや、修士卒業前の夏休みに幕張の花火大会に行ったような気もする。いずれにせよ約10年ぶりになる。
あまり時間も取れないので、夕飯のみ、モアーズのとらじを予約した。別に叙々苑でも良かったが、大学生の頃、社会科見学を兼ねてFと行った時の場違い感、肩身の狭さから、今の自分の身の丈に、ほんの少し贅沢を加えた最適解を狙った結果である。
待ち合わせ時間の1時間前に到着。せっかくなので一人でカラオケにでも行こうかと思うも、夏休み横浜駅西口のカラオケ店は待機客が店内に収まらないほどの盛況っぷり。横浜駅の暑さ臭さ人の多さ治安の悪さに辟易しながら、個室DVD鑑賞店で言の葉の庭を観て過ごした。
待ち合わせ時間の近くになったので、階下の東急ハンズで時間を潰していると、「とらじの上の階のソファで待っている」というLINEが来る。彼は上階私は下階と独り言ち、エスカレーターを上り落ち合う。苦労をしていない人は年を取らないというのは本当なのだろうか、ラケットバッグを背負わせ学ランを着せたら部活帰りの高校生だと疑われぬような彼の変わらぬ姿に、特に何も思わず店内に入る。
やたらと美味しいグレープフルーツサワーとカクテキに感動したり、一年近くぶりのアルコールに吐き気を催したりしつつ、2時間程度で店を出る。
そのまま横浜駅の中央改札まで並んで歩き、「またね」と声をかけ彼に背を向けた時、今の気持ちが、はじめて部活の同期とカラオケに行った日のそれと同じ形をしていることに気付き、足早に改札をくぐりホームへの階段を上った。
電車を待ちながら、そういえば相鉄線の改札は中央改札から離れた場所だったことを思い出し、よく彼と二俣川で別れた高校生の日々を偲びつつ、ビルの隙間の夜空を探した。